20代のころに作ったキャリアプラン通りにいってますわー!という人に出会ったことないので、キャリアプランとかは作る必要殆どないのでは、と思ってるのですが、つくったほうが良い、という人の意見も聞いてみたい。
— けんすう (@kensuu) July 31, 2018
というけんすう氏のツイートがHRパーソン界隈でバズっておりまして、それに回答する形で西村さんが書いた記事がこちら。
クランボルツはよく引用されるので知っている人も多いが、「じゃあ結局どうしたらいいの」となりがち。で、思い当たったのが金井先生が2010年に書いた論文。いい機会なので、まとめてみることにする。
※けんすう氏と西村さんが水掛け論しているという趣旨ではありません。念の為。
Contents
キャリアはデザインするべきか?
まずけんすう氏のキャリアプランをキャリアデザインに置き換えると、この問に金井(2010)は次のように答えている。
キャリア・デザインという言葉には,節目で見えてきた選択肢から慎重に選ぶという意味合いもあるが,同時に,選択肢をデザインしているということは,迷っている,戸惑っているということでもある。だから,もしだれかが,いつもキャリアをデザインしていたら,不都合なことである。 デザインは節目だけでいい。
逆に言えば、人生の節目のようなとき、自分がこれからの針路を選ばざるを得ないときは迷うこともあるだろうから、そういうときには自分のキャリアを自覚的に選択することになる。しかし一方で、そうでないときには流れに乗って(ドリフトして)行くことが大切であるということを述べている。
キャリア論の重要な3つの概念
この主張には、キャリア論における3つの重要な概念がベースにある。それは、キャリア・アンカー、キャリア・トランジション・サイクル、プランドハプンスタンスである。
キャリア・アンカー
キャリア・アンカーはエドガー・シャインが提唱した概念で、仕事や環境が変わっても「どうしてもこれだけは犠牲にしたくない」ほど大切にしているものとされている。アンカーは以下の8つに分類され、主体的にキャリアをデザインする際の指針となる。
- 専門を極めること
- 人びとを動かすこと
- 自律・独立して仕事ができること
- 安定して心配なく仕事ができること
- 絶えず,企業家として(あるいは,企業家のように)なにか新しいものを創造すること
- だれかの役に立ち,社会に貢献できること
- 自分にしかできないことに挑戦し続けること
- 仕事と家族やプライベートのバランスがとれるライフ・スタイルを実現すること
アンカーは診断用の設問が用意されており、自分で簡単にチェックすることができる。
キャリア・トランジション・サイクル
キャリア・トランジション・サイクルは、ニコルソンによって提唱されたキャリアモデルである。このモデルでは、新しいキャリアステージから次のステージまでの過程を、準備→遭遇→順応→安定化という4つの段階で整理するものである。サイクルというからには、このステージ移動は何度も繰り返されるものとしており、安定化が終わると次の準備に入っていく。
- 準備…新しい世界へ入る準備。新たな動機、関心、恐れが育まれる。
- 遭遇…実際にその世界で様々なことに遭遇し、成功や失敗が生まれる。
- 順応…周囲との関係が確立(良くも悪くも)し、心理的にも溶け込める様になる
- 安定化…新しいことがないほど世界の理解が進み、持続した信頼や諦念が生まれる
はたらく人々にとって便利なのは、自分が今サイクルの何処にいるのかを測り、次のキャリアに向けて準備したり、今のポジションで引き続き努力すべきかなどの指針が得られるところである。
プランドハプンスタンス(計画された偶発性)
プランドハプンスタンスはクランボルツによって提唱された理論で、次の5つの姿勢を持てばキャリアに望ましい偶発性が得られるというものである。ビジネスパーソンのキャリアを追跡調査すると、約8割が「偶然のきっかけ」から今のキャリアを得たという結果に基づいている。
- 好奇心:たくさんのことに興味を持ち、学習する姿勢
- 持続性:一度取り組んだことに粘り強く取り組む
- 楽観性:ポジティブシンキング
- 柔軟性:既成概念や過去の体験に縛られない
- 冒険心:先が見えなくても、リスクを取って進む
また、クランボルツ自身も「大学でテニスばっかりやってたら退学になりかけて、泣きついた先生が心理学の教授だったんだ! HAHAHA!」という全然計画されてない偶発性を鉄板ネタにしているらしい。
※クランボルツは心理学の教授
このことからは、悩むくらいだったらやってみる、勢いに乗る、ということの大切さやポジティブな心理の重要性が伺われる。
結局キャリアはどのように構築されるのが「成功」なのか
このように見てくると、シャインとクランボルツの主張は、主体的か受動的かという点で全く違う方向性を持っているように見える。シャインはアンカーに基づいて主体的にキャリアを選択していくべきだと唱える一方で、クランボルツはポジティブマインドとアクションによって良い偶発性が得られると主張するからである。
しかしそこにニコルソンのトランジション・サイクルを持ち込むと、4つの段階の中でアンカーが有効な局面や、偶発性に身を任せたほうが良い局面などが個別に見えてくる。例えば、重要な仕事を任されたときや結婚・出産など、キャリアの節目となるようなタイミング(トランジションのタイミング)ではアンカーを頼りに方向性を見定め、そのキャリアを邁進する間は全力を注ぐ。そして環境が安定してきたら次の機会を得るため、ポジティブなマインドとアクションで偶発性を引きつけるという具合である。
とかくキャリア論では主体派と受動派が「ちゃんと理想を描け」とか「行動するやつが勝ちだ」という話で平行線を辿りがちだが、このように整理すると、トランジションサイクルの中の一部分、しかも違うところ(上図の左上か右下)を切り取って話しているだけという場合がある。
金井(2002)においては、このような整理を踏まえ、もう一つのトランジションサイクルとして次のような図を示している。個人的には、ニコルソンの示すモデルよりもより大きな概念、人生の指針のようなものとして捉えるとわかりやすいと感じる。
重要なのは自己満足か?
さて、このとき重要なポイントが、「成功」を自己満足だけで評価してよいかという問題である。ニコルソンは、キャリアには内的なものと外的なものがあるとした。内的な要素は次の6点である。
- 達成の誇り
- 内発的な職務満足
- 自尊心(self-worth)
- 仕事の役割や制度へのコミットメント(積極的なかかわり)
- 充実をもたらす関係(それ自体に価値・意味のある関係)
- 道徳的満足感
これに対し、外的な要素には次の6点が挙げられる。
- 地位やランク(階層上の位置)
- 物質的成功(財産,所有物,収入)
- 社会的評判名誉,影響力
- 知識やスキル
- 友情やネットワークのコネ(資源や情報を得る用具的関係)
- 健康と幸福
このように内と外の視点があるとすると、冒頭の4象限に分類することができる。ニコルソンは、かなりの割合でHappy LosersとUnhappy Winnersがいると主張している。Happy Losersとは「自己満足破滅型」と言ってもいいだろう。例えば、自分のやりたいことだけに執着した結果ジョブホッパーになりがちで、周囲から芳しい評価が得られない人などが該当する。このような人は最終的には市場価値のない人間になってしまうかもしれない。一方のUnhappy Winnersは「ストレス消耗型」と言い換えられる。毎日の仕事には全然満足していないが、職務や給与などの外的要因に縛られて主体的なキャリア形成に踏み切れない状態である。
キャリアの話をするとき、ついつい内的な面に注目しがちだが、このように考えてみると確かにキャリアの成否をそれだけで論じてしまうのは危険であることがわかる。もちろん「破滅しようとなんだろうと俺は俺の行きたい道を行くんだ」というラオウのような方は、それはそれで成功かもしれない。しかしキャリアという一般概念として考えるとき、それは特異な例として考えるべきであろう。
キャリアの節目を見逃さないために
キャリアにサイクルがあり、所々でどのように振る舞えばいいかもわかった。しかし、このサイクルの何処に自分がいるのか。とりわけ、最も主体的にキャリアを考えるべき「節目」とはどのようなタイミングなのだろうか。金井(2002)は次の4点を挙げている。
- 危機を感じるとき…このままで大丈夫だろうかという焦りを感じるとき。あるいは、キャリアのどん詰まり感。
- アドバイスを受けたとき…先輩や上司はすでに節目をくぐっている。もし先輩から「今が◯◯だぞ」というアドバイスを受けたときは、自分がそのタイミングに来ている可能性がある。
- ゆとりや楽しさ…やっていることが楽しくてしょうがないとき、ゆとりを持って自分を振り返ることができるとき。調子が良いからこそ自分を見つめ直すことができる。
- 年齢や制度てき節目…大学卒業、40代に乗る…など、時とともに誰もが迎える節目。社内の人事制度における、何らかのラインも該当する。
このようなタイミングを迎えたときには、一度立ち止まって自分の行く道を見定めてみるのが良いのかもしれない。
参考文献
金井壽宏(2010) キャリアの学説と学説のキャリア (特集 キャリア・トランジション–キャリアの転機と折り合いの付け方)
金井壽宏(2002) 働くひとのためのキャリア・デザイン (PHP新書)