自発的なメンバーが増える! やる気が芽生える「取り組みのデザイン」

論文レビューもブログに書いていくよ。
ごく僅かな読者の方の実務に、少しでも活きるような内容にしたいと思います。

第1回はこちら。
実践共同体の学習活動における動機づけの発展についての研究
-「学習療法」実践の事例をてがかりに-
松本雄一(2014)
http://www.jcss.gr.jp/meetings/JCSS2014/proceedings/pdf/JCSS2014_P3-7.pdf

なお、ブログ向けに言葉を平易にしているので、厳密な内容は原著を確認してください。




学ぶ動機の整理

人は何かを学ぶ時、常にやる気満々でどんな時にも前向きに取り組めるわけではありません。それは子供が嫌々宿題をする様子から見ても明らかですね。私も息子がどうしたら勉強するのか途方に暮れます。しかし実はその「嫌々」も大切な動機の1つであると説いたのがロシアの発達心理学者であるレオンチェフです。

彼は学習の動機には「理解されているだけの動機(only understandable motives)」「実際に有効な動機(really effective motives)」があると指摘しています。前者は「やらないといけないからやる」という動機。後者は「こういう意味のあることだからやらなきゃ」という動機ですね。後者が重要なのは明らかです。これだけだと当たり前の話ですが、彼の主張のポイントは、コツコツやっていくと理解されているだけの動機は実際に有効な動機に転化するというところです。

実践共同体における学びのありかた

松本先生のまとめに拠ると、実践共同体における学びには4つのルートがあります。

  1. 先輩、親方的な存在からコツコツ学ぶ
  2. 人的ネットワークを広げて行く過程で学ぶ
  3. 本業の組織と実践共同体の間でのループ学習
  4. 異なる視点、価値観の違いを俯瞰し、比較することで学ぶ

1は伝統的な徒弟制のようなイメージで、初歩的なことからだんだんと熟達していく様子を指します(正統的周辺参加)。2はネットワークが広がっていくにつれて、利用できる知識の総量が増えていくことを指します。「そのことならあの人に聞こう!」みたいな。3は本業の課題を実践共同体で相談したり、実践共同体での成果を本業で活かすなどの循環的な活動を指します。4は様々な立場における経験から、その差異に気づき、より高いレベルの知を生み出すことを指します。「マニュアルにはこう書いてるけど、実際はこっちやな…」という、理屈と現場の違いみたいなものはこれに該当します。

松本先生はレオンチェフの考え方を援用しながら、実践共同体ではどのように意欲の変化(転化)が起こっているかを、介護施設の学習療法への取り組みを対象に観察しました。普段の介護業務も忙しい中、新しい取り組みというのは往々にして嫌厭されます。介護士達の動機はどう転化したのでしょうか。

学習療法…音読と計算を中心とする教材を用いた学習を、学習者と支援者が、コミュニケーションを取りながらおこなうことにより、学習者の認知機能やコミュニケーション機能、身辺自律機能などの前頭前野機能の維持改善を図る、非薬物療法。

実践共同体で学びの意欲が転化するポイント

参加を促進する道具を工夫する

実践共同体での学びは、共同体への参加と実践を通じて促進されます。しかし、入ってきたばかりの人には周辺的な参加(役割の小さな実践)しか与えられず、なかなかその意義を見出すことは困難です。しかも普段忙しいと慣ればなおさらです。その具体的事例の1つが日報です。私の会社でも新人はその日の気付きや学びを日報に書くことになっていますが、これはかなりの確立で「やらされ仕事」になります。

観察事例においても日報が存在しており、それを元に月次報告会での情報共有が行われていました。そのため、日報の量と質は非常に重要なものでした。しかし質の低い日報を書いていても新人は大した報告ができず、共同体としても学びの質が下がります。

そこで事例では、日報のフォーマットを改善していくことで記入者の記述が増えるような工夫がなされました。問いを具体的にしたり、スペースの作り方を見直すなどして「書きやすい」ものにしたのです。これにより、日報を起点とした発言や報告がしやすくなり、新人の参加がスムーズになったのです。これにより、「日報が書ける→役立つ報告ができる→日報の重要性がわかる」というサイクルが出来ていきます。実践(日報)の必要性を説く前に、その実践そのものへのハードルを下げてあげること自体が、実践共同体への参加を促進することがわかります。

このことから考えられることは、「何のためにやるのかわからない」という新入社員に延々と意義を説いても無駄だということですね。「先生に叱られるのび太」の構図と同じで、ピンと来ないことを聞かされても転化は起きません。それよりも、当事者の参加を自然に促す実践のデザインこそが重要と言えます。

先輩のガイドのポイント

2つ目のポイントとして重要なのが、先輩のガイドです。しかし闇雲に何でもかんでも指導するわけではありません。大切なのは「初心者にはわかりづらい事を指摘する」というところです。

観察事例では実際の活動を動画にして確認するという実践がおこなわれていました。この時、学習療法を受ける方にどんな変化が起こっているかということを先輩が発言するのです。例えば、学習療法をしばらく続けていくと、利用者の方の鉛筆を持つまでの時間が早くなるそうです。新人は当然そういった些細な変化には気付かないのですが、その発言を聞いて「そういう点に変化が起こるのか」と学ぶことができます。このような視点の獲得が非常に重要だと、筆者は指摘しています。

今まで自分が持っていなかった視点を持つと、実際の仕事の上で気付くことが増えます。その気付きが次の実践のアイデアやコミュニケーションの活性化に繋がり、より主体的に学ぶことにつながるのです。

また、先輩との関係性という点では組織がフラット化され、より学習療法に習熟した人が尊敬されることがスタッフの自律性を促すと指摘しています。

まだ入ったばかりの営業マンに「お客様の気持ちになれ」と言っても無理があります。お客様の仕草や発言、仕事の内容など、もう少し周辺的で目に見える要素から「こういう時は、こんなことを考えている証拠だぞ」という指導をするほうが効果的かもしれません。

越境することによるアイデンティティの強化

学習療法は全国各地で行われており、施設間の相互見学やシンポジウムなど、施設外にも実践の機会がありました。こういった越境の経験を経て、「学習療法よりも今は介護活動自体に興味がある」という発言をしたフタッフもいたそうです。学習療法を通じて他の施設と交流した結果、自施設の介護理念を理解しようとしたり、介護そのものの将来を考えたり、単なる学習療法以上の目標を設定するようになったのです。

このことからもわかるように、越境での効用は外部から知を持ち帰ることだけでなく、その過程で自組織のことも深く振り返る機会を得るということです。施設の代表者として外に出ていくことがアイデンティティの強化につながっていると言えます。この段階において、全ての実践は「やらされている」のではなく、「◯◯のため」という意識に基づいて自発的におこなわれるのです。

海外に行った人が「日本の事を聞かれたけど全然話せなくて、日本人として恥ずかしかった」というのは、そのわかり易い例かもしれません。今までなかった「日本人」としてのアイデンティティは、実は日本を出ることによって初めて明確になるんですね。

まとめ

以上のことから、実務においてのポイントは以下のようにまとめることが出来ます。これが理想的に機能すると「あまり手間をかけずにやり始めたけど、いろいろ気づくことがあってやってみたいことが生まれてきたから、いろんな人と相談してやってみた!」みたいな状況になると思われます。

  • 参加のハードルを下げる
    • 使いやすい道具やわかりやすい素材
    • フラットな組織
  • 先輩による新しい視点の提供
    • 普通は気づかない視点
    • 獲得した視点による、次の実践や議論
  • 越境によるアイデンティティの強化
    • 外に出る前に、自組織を内省する
    • 外に出たら、新しい知識を持って帰り、また内部で実践する

このような過程を経て、もともとは存在しなかった「実際に有効な動機(really effective motives)」が育っていく可能性があります。

特に新しい取り組みを社内で始めようという時は、やる方は偉そうだし、やらされる方は忙しいしで、なかなか浸透させづらいものです(ていうか対立しますよね)。そういった時にいかにハードルを下げられているか、新しい学びが実感できるようになっているかなど、取り組みへのデザイン自体を見直す参考になれば幸いです。